もう何年も前に、
私は真っ赤なマニキュアを買った。
マスカラや口紅とも無関係な年頃で、
もちろんそのマニキュアも、
恐ろしいほど似合わなかった。
それでも私は、
せっせと真っ赤なマニキュアを塗った。
なぜだかわからないけれど、
体中で逃げ場所を探して、
のたうちまわっている痛み達が、
真っ赤な血になって
爪の先から体の外へ出て行くような、
そんな気がして、
私は毎日毎日、赤い爪を創り続けた。
マニキュアの爪を空に透かせて、
海で泳がせるのが好きだった。
ところがしばらくすると
たっぷりのニスに固められた爪は、
息苦しそうにSOSを出し始めて、
周りの大人達は
こぞって赤い爪をとがめ始めた。
私はマニキュアを
机の奥に隠して眠らせて、
いつの間にか
赤い爪のことを忘れてしまった。
でもそれから何年もたたないうちに
今度は足の爪に
赤いマニキュアを塗るようになっていた。
バレリーナだった私の足は、
トゥーシューズのせいで
めちゃくちゃに壊れてしまっていて、
爪もあちらこちらはがれていたから、
これもまた恐ろしくマニキュアの
似合わない爪だったけれど、
初めて主役を務めた舞台のときも、
お守りがわりのように
赤い爪をトゥーシューズの下に忍ばせて、
私はジゼルを踊った。
バレエの舞台に立たなくなった今も、
私はマニキュアを塗る。
どうしようもなく悲しいときや
音を立てて体が崩れ落ちそうなとき、
私はゆっくり足の爪に
赤いマニキュアをのせる。
体中の痛み達が
爪の先から真っ赤な血になって、
滲んで流れ出て、
消えていくような、
そんな気がするから、
私は何度でも立ち上がれる。
トゥーシューズを脱いで、
足の指からマメが消えて、
爪がきれいに生え揃っても、
私はこの爪の先から
血を流し続けて、
これからもずっと
生きていくような気がする。

bounce DECEMBER 1996










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