私は帰る家がない。
気が付くと私はいつも
自分の居場所を探して歩いていた。
16歳になる頃
私の居場所はバレエスクールにあった。
バレエを愛してやまなかった私は
学校へも行かず
ひたすらレッスンに通った。
私は鉛筆も教科書も持っていなかったけど
レオタードとシューズは
どんな時もカバンの中にあった。
バレエスクールの先生は、
この上なくとぼけていて
おまけに
勝手気ままな人で
彼女の下で指導助手に当たった時から
私は何度も彼女とぶつかった。
それなのに私は
一度も彼女を嫌いにはなれなかった。
子猫のように小柄で
可愛らしく
とても優しい目をした彼女は
しなやかに伸びた首筋から
顎までの空気感が
絶妙に美しく、
なだらかに続く肩の線は
彼女の人生の全てを
語っているようだった。
何を言っても
何を言われても
何があっても
結局、彼女は美しかった。
バレリーナのほとんどは、
筋肉が狂って癖がつくのを避けるため
バレエ以外のスポーツや競技を
禁じられたりする。
でも彼女は、
私を抑制しなかった。
バレエのコンクールに落ちて
すっかりふてくされた私が
突然、バスケ部に所属して
バレエから遠のいた時も、
彼女は何も言わなかった。
ある夏の暑い日
髪の毛をそり落とした私を見て
彼女は大声で笑ったあと
「涼しそうね」とだけ言った。
色の白い彼女は
カルメンの真っ赤な衣装がよく似合った。
なだらかに続く肩の線には
全てを許してしまうような
穏やかさを湛えていた。
バレエスクールで思い出すのは、
決まって蒸し暑い熱気と
トゥーシューズのきしむ音の中で
まっすぐに伸びた小さな体と
なだらかに続く肩をした、
彼女の後ろ姿だった。
何を言っても
何を言われても
何があっても
結局、彼女は美しかった。
とても美しかった。

bounce JANUARY-FEBRUARY 1997










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